アーグラー観光は早々に切り上げ! 一路ニューデリーへ。
みなさんこんにちは。
インドの謎に翻弄されているアイナメチヌオです。
「インドの謎ってなに?」
という方はこちらの記事からお読みください。
さて。
時間が経つのは早いモノで、
インドに来てからもう10泊しています。
思いのほか、バラナシで時間を使ってしまいましたね。
バラナシの深い部分を探ったり、地元のインド人と友達になったりしていたので、ちょっと長居し過ぎてしまいました。
アーグラーでタージマハルを見終わった僕はこの後デリーへ戻る予定なのですが、
残りのアーグラー探索 + ニューデリー練り歩き を合わせて、あと4泊しかできないというコトです。
これは、思いのほか時間が無い。
ニューデリーはインドに入国した当日に1日だけ歩き回りましたが、
あの雑多な街には少なくともあと3泊はしたい。
となると、アーグラーで使える時間は今夜1泊のみとなるワケです。
・・・・。
ふ~む。
これはどうしたモノか。
アーグラーには昨日到着したばかりなので、正直まだ歩き足りない感しかありません。
ちょっと、某有名ガイドブックを見ながら作戦の立て直しが必要ですね。
・・・・。
よし。
決めた。
今日これから、ニューデリーへ移動しよう。
アーグラーでは1泊しかしていませんが、
実はアーグラー城にもコッソリ行ってみたのです。
そして、タージマハルとアーグラー城を含めて一日半歩き回った僕の感想は、
別に面白い街じゃなさそう
というモノでした。
ただ、日本を出る前に調べた情報では結構評判の良い街だったので、
“もっと面白いことがあるんじゃなかろうか!?“ という気持ちが拭えず、
もうちょっと歩きたいなーと思っていたのです。
でも、
残り4泊となれば背に腹は替えられない。
面白い発見があるかもしれない街で1泊するよりも、確実に面白いデリーで1泊でも多く過ごしたいのです。
というワケで、そうと決まれば鉄道のチケットを購入ですね。
デリー到着が夜になってしまっては、インド1日目のように詐欺に遭う危険性が出てきてしまいますからね。
インド初日に詐欺に遭った因縁のデリーに再上陸。今度こそ騙されずに楽しんでやるぜ!
というわけで、
無事ニューデリーに到着です。
もうお馴染みなので改めて書く必要はないかもしれませんが、
鉄道での移動は、アーグラー→デリー間でもやっぱりゴキブリと相席でした。
慣れってスゴイもので、これだけ頻繁に見ていると
“おっ、また会ったね!”
くらいの親しみをもって接することができるようになってきました。
さて、まだ明るいうちに無事ニューデリーへ戻ってこれたので、まずはパハールガンジで安宿探しです。
有名な安宿街なので、どの宿にしようか迷ってしまいますが、お金が無い僕の選択肢は限られており、どの選択をしても当然ボロ宿です。
でも、その格安ボロ宿たちの中で一番楽しそうな宿を探すのが、貧乏旅行の醍醐味とも言える楽しみの一つですよね。
なので妥協はしません。
ちなみに僕の中では、次のような特徴のある宿は魅力的な宿としてポイントアップです。
- 宿の人が陽気
- 外がうるさい
- 人口密度が高い
改めて挙げてみると、雑多な雰囲気が好きな僕だからメリットとして捉えられるだけで、普通の人ならデメリットとしか思えないモノばかりですかね・・・。
参考にならなかったらすみません。
ということで、僕は無事安宿を確保して詐欺られる事なくデリーで一夜を過ごすことができましたが、泊まった宿は狙い通りとても面白い宿でした。
メインバザールに面した2階のゲストハウスだったのですが、
寝付こうとしたら外でケンカが始まるし、
様子のおかしい(恐らく西洋系の)オバサンが部屋を間違えて入ってくるし、
そもそもドアのカギ、機能してないし。
”さすがインドの中心地、デリーだなぁ。”
などと感心しながら一夜明け、僕はこれからニューデリーの街へ観光に出かけるのです。
オーパーツの1つ、デリーの”錆びない鉄柱”ことアショカピラーがどうしても見たい!!
男の子なら、一度はオーパーツに憧れたことがあるでしょう。
”場違いな工芸品”と訳される、
その時代のその場所では、技術的に作られるはずのない謎の人工物です。
”水晶の髑髏” とか、 ”黄金のスペースシャトル” なんかが非常に有名ですよね。
もし詳しく知らない方は、ぜひググってみてください。
丸一日くらいはワクワクしながらパソコンにかじりつきで調べてしまうことになると思います。
さて、そんなロマンと謎に満ち溢れたオーパーツですが・・・。
なんと。
なんとそのオーパーツの中でも比較的有名な、
”アショカピラー”
と呼ばれるオーパーツが、このデリーの地にあるのです。
このアショカピラー、どんなモノかと言うと、
庭に刺さっているただの鉄の柱
です。
でもこの柱、なにが凄いって、
1500年間も庭に刺さって雨風に晒されているのに、全く錆びていないんです。
現代でこそ錆びにくい鉄は作れますが、
それでもお手入れナシで100年以上錆びないというのはムリと言われているそうです。(ステンレス銅などは除いて)
それなのにインド人は、
1500年も前にそんな凄いモノを作って、それを庭に刺しちゃったんです。
なんの用途にも使わずに。
これは、実はとんでもなく凄いコトだと思います。
だって僕のような凡人の発想だと、仮にそんな凄い新素材を発明をしたら、
庭に刺したりせずもっと大切にするだろうし、
何かの役に立てたいと思っちゃうし、
もっといっぱい作りたいと思っちゃいますもん。
それなのに、
画期的な新素材でなんの役にも立たないバカでかい棒を1本だけ作って、1500年も庭に刺しておく
なんて、相当の天才じゃないとできない発想だと思います。
なので僕はこのアショカピラーについて、
「錆びない理由を知りたい! 謎を解きたい!!」
などと言うヤボな事は1mmも思っていません。
だってそんなのムリですから。
例えば錆びない原理が物理的,化学的にに解明されたとしても,
先ほど挙げたような天才インド人の発想の謎は絶対に解明されないのです。
僕個人の意見としては、
アショカピラーの魅力はそういった背景も含めた、いわゆる”インドの魅力”そのものだと思うのです。
なので僕は、このアショカピラーを見るにあたり、
どこにどんな風に刺さっていて、子孫であるインド人たちはその周りでどんな風に暮らしているか
に興味があったのです。
というワケで、前置きがかなり長くなりましたが・・・。
見てきましたよ。
”クトゥブミナールの錆びない鉄柱” こと、アショカピラー。
感想はと言うと・・・。
まぁぜひご自分の目で見て頂きたいですし、先入観を与えるのもイヤなのであまり言わないようにするというコトで、
一言だけにしておきます。
コレはあくまで僕個人の見解であり、恐らく間違った見方だと思うので、本当に聞き流してくれて結構です。
念願のオーパーツ、1500年間錆びていないアショカピラーを見た僕が思ったのは・・・。
「えっ・・・。」
「コレ錆びてない??」
でした。
これ以上のコメントは控えますので、ぜひ皆さん、見に行ってみて下さいね。
さて。
ここまで12回に渡ってインド旅行記を書いてきましたが、
いよいよ旅も終わりに近づいています。
次回はデリーでの残りの滞在と帰国、そして旅の総括をお伝えしますね。








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