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レッテルを貼られるのが嫌い! 一度貼られたレッテルを剥がすには??
そもそも、レッテルってなに?
みなさんこんにちは。
いろんなレッテルを貼られている、アイナメチヌオです。
今日は、皆さん誰でも10枚や20枚は貼られているだろうレッテルについて、ぼくの考えとその剥がし方について書いていこうと思います。
なぜこんな記事を書こうと思ったかと言うと、
他人からレッテルを貼られるのが大嫌いだからです。
正確には、大嫌いだったからですが。
そもそも”レッテル”の語源ですが、どうやらオランダ語の”Letter”らしいです。
英語では言わずもがな、手紙ですよね。
オランダ語ではどうやら商品とかに付けるタグを意味するようです。
それが転じて、人にタグを貼ってカテゴライズするかのように、”レッテルを貼る”という使い方をするようになったようです。
手紙ならいくらもらっても嬉しいですが、他人からカテゴライズされるなんてまっぴらごめんですよね。
この人は優しい人だ。
あの人は真面目で一途だからオススメよ。
その人は頭が固いからやめときなさい。
とか。
どれもよく聞く会話ですよね。
でも改めて聞きたい。
優しさってなに?
真面目ってなに?
頭が固いってなに?
と。
ぼくはレッテルを貼られることにより、他人がぼくを勝手にこの曖昧なカテゴリーに放り込むのが長年許せなかったのです。
優しさってなに?
少し前に、松本人志さんが優しさについてとても腑に落ちるお話をされていました。
“車を運転していたら、横断歩道じゃない場所をおばあさんがしんどそうにゆっくり横断していました。”
“さてスピードを落として待ってあげる人と思いっきりクラクションを鳴らす人、どっちが本当に優しい人?”
といった趣旨だったと思います。
アナタはコレ、どう思いますか?
きっと男の人が女の人を助手席に乗せて運転している時、目の前を横断しているおばあちゃんに思いっきりクラクションを鳴らした場合、99%くらいの女の人は男の人の事を”優しい”とは思わないでしょう。
それどころかもしかしたら、”おばあちゃんへの思いやりも持てない、優しくない男”というレッテルを貼られてしまうかもしれません。
でもよく考えてください。
隣の女の子に”優しい”と思われるためにスピードを緩め、おばあちゃんに”危ないこと”という認識を与えず、そのため次回もまたおばあちゃんは道を横断し、前方不注意の車にはねられるリスクを残してしまった男の人。
隣の女の子に”優しくない”というレッテルを貼られるかもしれないのにクラクションを鳴らし、おばあちゃんを怯えさせ、二度と横断歩道以外を横断できないメンタルにさせたことで他の車にはねられるリスクを取り除いてあげた男の人。
どっちが本当に優しいんですか?
確かにこれは極端な例かもしれませんが、優しさとはきっと行動の一側面からは判断できないものなんだなと考えるにはとてもいい例題ですよね。
レッテルが嫌いなのは分かった。じゃあ貼られた時の剥がし方は??
という訳で分かり易い例を挙げながら僕がレッテル貼りを嫌いな理由を説明してきましたので、大半の方にご納得頂けたことでしょう。
ただここまで話しておいてなんですが、今の僕は別にレッテルを貼られてもいいんです。
思いやりが無くて貧弱な運動神経の悪いエッセイストだと世間様に思われていても、別にいいんです。
それはなぜか。
そう。
冒頭に書きましたが、レッテルの剥がし方を覚えたからです。
若い頃は貼られたレッテルがすごく嫌で、レッテルの剥がし剤を探して日夜ホームセンターを練り歩いたりしたものですが、ぼくの地元には売っていませんでした。
Amazonでも検索しましたが、取り扱いはナシ。
諦めかけていたその時。
見つけました。
見つけましたよ。
高円寺のバーで。
めっちゃ置いてありました。
詰め放題でした。
タダで。
言っておきますが、薬物とかそういう類ではないですよ。
薬物は本当に大嫌いです。
ちょっと前置きが長くなりすぎてしまったので、続きは次の記事で書きますね。






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