“便利なモノが増える = 幸せになる” ワケではない!!
ケータイ普及前のあの頃、青春真っ只中のぼくたちは幸せだった。
こんにちは。
アナログを愛する男、アイナメチヌオです。
今日はモノの話をします。
ここで言うモノとは、工業製品のことです。
スマホ、ロボット(お掃除ロボットとかコミュニケーションロボとか)、調理機器、パソコン などの、工業製品です。
なぜこんな事を言い出したかと言うと、
もう十分じゃない?
と思っているからです。
いやそれは確かに、より便利になっていくことは素晴らしいと思います。
でも、モノが増えて便利になったことで、
幸せになってますか?
と、問いたいのです。
よく言われる話だと、
携帯電話ができたことでもの凄く便利になったが、そのおかげで24時間仕事と繋がることになってしまった。
家にいても有給を取っても、会社からの電話が気になって休んでいる気がしない。
といった話をよく聞きます。
中には、
長期休暇の時は携帯電話を繋がらなくするために必ず電波の届かない海外まで行く
という人もいるようです。
これは、”便利=幸せ ではない” という分かり易い例ですよね。
それに最近はよく、ワークライフバランスが大切なんてことを言われますが、
そもそもライフにワークが割り込んでくるような通信手段さえなければ、そんなバランスを考える必要はないのです。
というか、考える余地すらないはずなのです。
ちょっと話は飛びますが、ぼくの世代だとちょうど小学生~中学生くらいの時に携帯電話が普及し始めました。
そしてぼくが携帯電話を買ってもらったのが中学3年の時でした。
同世代の人と比べるとやや遅めですね。
ただぼくには、この中1~中2の頃に携帯電話を持っていなかったおかげでできた何にも代え難い思い出がたくさんあります。
ぼくより年上の方は当たり前のように経験していると思いますが、
一番はやっぱり、
好きな女の子の家電に電話してお母さんが出ること
ですよね。
“夜分にすみません。チヌオと申しますが、花子さんはご在宅でしょうか?”
などと、お母さんに気に入られようと中一のクセに無駄に丁寧な言葉遣いでしゃべってみたり。
そして保留音のエーデルワイス(オルゴール版)が流れる中、”またこのボウズ、ウチの娘をたぶらかそうとしてやがるな” とか思われてるんだろうな~…、
などといろんな妄想をしてみたり。
いや~懐かしい。
でも今の若い世代の人たちは、携帯電話(今はスマホですけど)が普及したことでいとも簡単に直接連絡をとることができるようになってしまったので、
相手の両親の顔色を窺ったり、好きな女の子の生い立ち事情をその両親から考察してその後の戦略に活かしたりといった高度で知的なコミュニケーション能力を磨く機会が著しく減ってしまったと思います。
できれば自分に子供ができても、同じように悩んだり工夫したりする子供の様子を見てみたかったものですけどね。
というワケで。
携帯電話だけをとってみてもこれだけのデメリットをぼくは感じています。
そして逆にメリットを考えようとしてみても、みんなが携帯電話を持っていなかったあの時代に不満なんてなかったと思います。
ということは、ぼくたちの幸せへの影響という観点から見ると不要なモノだったとしか言いようがありません。
もちろん、携帯電話があったおかげでビジネスがうまくいった人、携帯電話があったおかげで人生のパートナーを見つけられた人など、便利さを幸せに繋げられている人も大勢いると思います。
そしてこれだけ普及した今、ぼくだって自分だけ放棄することはできません。
だから、ぼくが今素直に思っているのはこれです。
あ~ぁ、携帯電話なんて発明されなきゃよかったな~。
と。
(一生懸命開発されている方、すみません。悪気はないんです。。)
ぼくは便利な世の中より、幸せな世の中になって欲しい
さて皆さん。
前置きが長くなってしまいましたが、今日の記事でぼくが言いたいのはコレに尽きるのです。
“便利な世の中より、幸せな世の中になって欲しい。”
ということです。
じゃあそのためにはどうすればいいのか。
今の世の中の問題点は何なのか。
次回、もう少し踏み込んでお話します!






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