過剰品質や過剰供給は、モノを使う人も作る人も不幸にする!
モノの豊かさって、幸せには関係ないんですね。
今回は、前回の記事の補足です。
いや、補足というかむしろ本題です。
前回の記事では前置きが長くなりすぎて、本題を語れずに終わってしまいました。
すみません。
という訳で、今回は前回書けなかったことだけ書かせて頂きます。
さてさっそくですが。
ぼくが “モノはもう十分じゃない?” と思うのは、
日本がモノに恵まれすぎているからです。
恵まれていると表現すればとてもポジティブですが、ぼくの感覚だと過剰供給だと思います。
そしてこの過剰供給は、モノを使う側も作る側も、両方を不幸せにしかねないと思っています。
使う側の幸せについては前回の記事でも書きましたが、”便利=幸せ” ではないということに尽きます。
これは、日本の幸福度ランキングが異常に低いといった情報や、日本人の自殺率が異常に高いといったデータからも読み取れると思います。
日本は景気が悪いとは言っても、いまだGDPランキングでは世界第3位の経済大国であり、モノが溢れているという状況に疑いの余地はありません。
それなのに、幸福度ランキングは155ヶ国中51位。
自殺率に至っては世界でワースト13位です。(自殺率が高い順で13番目)
この数字は、モノの豊さ=幸せ ではない という裏付けには十分だと思います。
モノを作る側も不幸になるって、どういうこと?
ここまでのお話では、あくまで
モノが豊か=幸せ にはならない、というところまでで、
モノの豊さ=不幸に繋がる とまでは言えません。
モノが多いからって幸せになれる訳じゃないけど、モノが多いからって不幸になるわけじゃない。
ということです。
ココまでだと。
そこで次の話。
モノを作る側が不幸になってない?
という話です。
はっきり言って今の日本は、量的にも質的にも過剰です。
量はいわずもがな、普通に働いていれば必要なモノが手に入らないなんてことはまずありません。
贅沢品を除いて。
そして質についてですが、
これはどう考えても過剰品質です。
ぼくはそれこそが今の日本を不幸に、そしてつまらない社会にしている原因なのではとすら考えています。
どういう事かと言うと、例えばお客様(消費者)の中には、
- お金を出して買ったものを正しく使っていてケガをするなんておかしい。そんなモノはけしからん!
- 買ったばかりの品物に指紋が付いていた。交換しろ!
などという理不尽なクレームを入れる人が大勢います。
これら以外にもネットで検索できる理不尽なクレームを挙げればキリがないですが、特に前者のような考えにぼくは納得がいかず、”自分で考えて使いなさいよ” と思ってしまうのです。
お客さま、ユーザーのことを考えたモノづくりは素晴らしいですが、その素晴らしいお気遣いのおかげで、それを使う国民がバカになってきているのです。
そしてメーカーでモノを作る側の皆さん。
そのバカたちを満足させるための蛇足的機能の検討のためにプライベートな時間を削り、上司に怒られて精神を削り、そのおかげで仕事の効率が下がるという最悪の悪循環が起きてはいませんか?
ということを言いたいのです。
サラリーマンの皆さん、身も心も削られすぎです。
大変過ぎ。
少し前の話になりますが、蒟蒻のようなゼリーをのどに詰まらせる人がいるという理由で、しばらく砕いたタイプしか見かけない時期がありました。
皆さん覚えていますでしょうか?
僕はこのゼリーが好きだったのでとてもよく覚えています。
そしてこの問題については、実際に詰まらせた方には厳しいことを言うようですが、
明らかに自分で気を付けるべき問題だと思っています。
商品の問題なんて1ミリもありません。
町内の餅つき大会で作ったモチが喉に詰まったら、町内会長に文句言いますか?
「普通に食べたのに喉に詰まるような、”モチ” という食べ物はけしからん! モチ米を売るのは禁止にしろ!!」 と。
そんなことを言ったら笑いの的でしょう。
でも消費者はそれをしているのです。驚きです。
そしてあろうことか、メーカーも真面目に反省して、商品仕様を変えちゃってるんです。
ここまでくると滑稽としか言いようがありません。
ちなみにこのクレームのせいで怒られたり悩んで胃を痛めたりした人は、そのゼリー会社に何人いるんでしょうね?
この仕様変更のために浪費された楽しいはずの時間は、延べ何時間になるんでしょうね?
少なくともこの件が無ければ、この人たちのその楽しい数時間は守られていたんです。
ぼくがアジアを旅行した際に仲良くなったインドの田舎の男の人(1年間日本に住んでたそうです)に、
“日本人は真面目で勤勉で素晴らしいけど、だから面白くないよね。“
と言われたことがあります。
そう言われたのでこの記事に書いたような話をしたら、
“モノが乏しい国の人たちは、食べ方なんで決められていなくても美味しいものは見つけてきて食べたいように食べルヨ。”
“人からもらった食べ物ならなおさら、ありがとうという気持ちで食べル。くれた人のせいなんて思わナイヨ。”
と言われました。
全くその通り!
と、ぼくも思いました。
素晴らしいと。
そして同じようなことはこのゼリーに限らず、いろんな製品で起こっているんです。
実際には日本人の多くの人は寛容でこんな例は少ないと思いますが、ぼくが言いたいのはコレです。
クレーマーは恐らく日本からはいなくならない。
でもせめて、そのクレーマーに自分を削られないようにしようよ。
ということです。
”モノを使う側の幸せに繋がらない作る側の苦悩” は、誰の幸せにも繋がらないと思うのです。
なら胸を張ってやめようよ。
みんなの意識がちょっとずつでも変われば、ぼくたちは幸せに近づいていけるはずです。
そしてそれは、働き方改革のような政府の進める方針をボトムアップとして実現につなげる最短の近道だとぼくは思います。
みんなが少しでも幸せになれたらいいなー、という気持ちでこの記事を書きました。
みなさん、いい塩梅のワークライフバランスを定着させて、幸せになりましょうよ。






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